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名古屋高等裁判所 昭和38年(う)2号 判決 1963年3月11日

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役一年二月に処する。

理由

本件控訴の趣旨は、被告人および弁護人浦田種一がそれぞれ提出した各控訴趣意書の記載のとおりであるから、いずれもここにこれを引用する。これらに対する当裁判所の判断は、左記のとおりである。

採証の法則違背を主張する論旨について

所論にかんがみ、原審の取り調べたすべての証拠を精査点検して考察すると、次の諸事情を肯認することができる。すなわち、原判決引用の被告人の司法警察員および検察員に対する各供述調書記載の供述は、いずれも所論のような取調職員の強制、強要、強迫誘導等にもとづくものではなく、任意になされたものであり、しかも十分に信用してよいものであることを肯認することができる。任意になされたものでないことの疑はない。次に松原章治の司法巡査および検察官に対する各供述調書記載の供述ならびに原審公判調書記載の証人北川良一の証言は、いずれも任意性および信憑力の十分なものと認めることができる。右の北川証人の証言が偽証であると認めることはできない。

次に右の各証拠によれば、被告人は、金品をすり取る目的で、特急電車乗車口の混雑に乗じ、松原章治の右後方より同人の着用する洋服ズボンの右うしろポケツトに左手指二本を差し入れたが、その際、その犯行の露顕を防止し犯行を隠蔽するためのいわゆる幕として、所携の原判示風呂敷一枚(被告人の所有物)にてあらかじめ前記左手を覆いかくして右犯行を敢行したことを認めることができるから、原判決が右風呂敷を犯罪事実認定の証拠に供したのは、相当であり、少しも違法でない。

なお、原判決は、被告人の原審公判廷における供述をも証拠として引用しているが、右供述のうち原判示事実と異る趣旨の部分は、もちろん、原審が措信し難いとして採用しなかつたものである。なお、その証拠の取捨に関する原審の判断は、相当である。

そして叙上の各証拠その他の原判決引用のすべての証拠を総合すれば、優に原判示の事実を認定することができる。

原判示の証拠の取捨判断および事実の認定に採証の法則違背はなく、論旨は理由がない。

審理不尽の違法を主張する論旨について

記録を精査検討するに、原判決には、裁判所の釈明義務違背、その職権による証拠調義務違反その他のいわゆる審理不尽の違法はない。原審は、松原章治を証人として尋問しなかつたけれども、本件においては、そのことは、なんら違法不当でない。論旨は理由がない。

事実の誤認を主張する論旨について

≪中略≫

これを要するに、原判決には、判決に影響を及ぼすことの明らかな事実の誤認はなく、論旨はすべて理由がない。

風呂敷没収の違法を主張する論旨について

案ずるに、前記の認定のように、被告人は、金品をすり取る目的で、特急電車乗車口の混雑に乗じ、松原章治の右後方より同人の着用する洋服ズボンの右うしろポケツトに左手指二本差し入れたが、その際、その犯行の露顕を防止し犯行を隠蔽するためのいわゆる幕として、所携の原判示風呂敷一枚(被告人所有物)にてあらかじめ前記左手を覆いかくして右犯行を敢行したのである。右風呂敷は、このように犯罪行為の露顕を防止し犯行を隠蔽するための用に供した物にすぎず、窃盗行為(すり行為)に供しまたは供せんとした物にあたらない。したがつて原判決が刑法第一九条第一項第二号により右風呂敷を没収したのは、同条項の適用を誤つたものであり、この誤は判決に影響を及ぼすことが明らかである。本件控訴は、この点において理由がある。

右のように本件控訴は理由があるから、刑訴法第三九七条第一項により、原判決を破棄する。そして同法第四〇〇条但書にもとづき、本件被告事件について更に判決をする。

原判決引用の各証拠によれば、原示の罪となるべき事実および各前科の事実を認定することができる。

法律を適用するに、被告人の本件窃盗未遂の所為は刑法第二三五条第二四三条に該当するところ、被告人には右の各前科があるから、同法第五六条第一項第五九条第五七条に従い累犯加重をし、その刑期範囲内において被告人を懲役一年二月に処し、原審および当審における訴訟費用については、刑訴法第一八条第一項但書を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 影山正雄 裁判官 吉田彰 村上悦雄)

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